6 ふしぎなトラック事故

それで、その日の授業が終わると、ぼくたちはアイダ先生と「デビット・ハイツ」へ行った。

アイダ先生は昼休みに会った時とは打って変わって、ものすごくはでな化粧をしていた。

くちびるからはみだすくらいに、口紅をつけている。

まるで、くちびるのおばけだ。

「デビット・ハイツ」には、これで二日連続でやってきたことになる。

アイダ先生はアパートを見上げて、こう言った。

「こんなとこに住んでいるのね」

『こんなとこ』という言い方が引っかかるが、まぁアイダ先生らしい言い方だとも思える。

ハメット先生が休んで、ぼくたちのクラスでは心配している子もいたようだ。変わった先生だけど、いい人だからな。

職員室でもトラブルメーカーらしくて、特にアイダ先生に怒られてることが多いみたいだ。

あいにくというか、さいわいというか、ハメット先生は留守だった。

「まあ、どうしたことかしら」

アイダ先生は、納得がいかない様子だった。

「きっと病院へ行っているんだよ」

ぼくとランディは顔を見合わせながら言った。仮病じゃなければね。

ぼくとランディは、昨日のハメット先生のナンパを墓場まで持っていくと誓っていた。

『墓場まで持っていく』という言葉は、ぼくのパパがよく使う言葉だ。

お皿を割ったり、フライパンを焦がしたりした時、パパはぼくの顔を見て「このことは墓場まで持っていくぞ。男と男の約束だからな」とか言うのさ。

つまり、なんかやらかした時に使う言葉らしい。

墓地の管理人もいろいろと大変そうだな。

「男と男の約束」がゴロゴロ転がっててさ。

 

「いないなら、しかたがないわねぇ」

アイダ先生は残念そうに言った。

「そうですねぇ。せっかく来たのに」

ぼくらは少しホッとしながら言った。

「ぼくらはもう帰ります」

とぼくは言った。

「宿題をやらなきゃならないので」

ランディが言った。ウソつけ。

「あら、そう。気を付けてね」

アイダ先生が言った。

どうやら無事に帰れそうだ。こういうのを「むざいほうめん」というらしい。漢字でどう書くのかな?

 

そのとき、救急車がアパートの通りを走っていった。

もちろん、サイレンも鳴らしていた。どこかで事故があったのだ。

救急車は見えなくなったものの、サイレンの音はなかなか遠くへ行こうとしなかった。

救急車はこの近くで止まっているのだ。

「行ってみよう、フィル」

ランディは言った。

「だめだわ。 あなたたちは帰りなさい」

アイダ・クレストが言った。

学校の先生らしいお言葉だ。ここはおとなしく従うべきだな。

ぼくらはとりあえず帰ることにした。

といっても、じっさいに帰るつもりなんて、さらさらない。

じつは二人とも遠回りして、救急車をさがしたんだ。

救急車は「デビット・ハイツ」から、三百メートルくらいはなれた、住宅街の交差点に止まっていた。

やっぱり交通事故だった。

でもふしぎな事故だった。


普通、交通事故といったら、車と車がぶつかったり、車が人をはねたり、車が運転をまちがって電柱にぶつかったりしているよね。

この事故はどうもそうじゃないらしいんだ。

事故を起こしたのはトラックで、このトラックは、交差点を曲がろうとしていたみたいだ。

ところがその時、おばあさんが道路をわたろうとしていて、そこでトラックは急ブレーキをかけたらしいんだ。

道路にはタイヤがスリップしたあとが、長く残っていた。

止まれないくらいスピードを出していたみたいだ。

おばあさんは無事だった。でもトラックはめちゃめちゃだった。

ふしぎな事故というのは、次のことがおかしいんだ。

何かにぶつからなかいぎり、トラックがこわれることはないよね。

何にぶつかったんだろう、とぼくとランディはまわりを見まわした。

けっきょく、なにもこわれていないみたいだった。

電柱も折れてなし、ガードレールだってまっすぐだ。

トラックの運転手が救急車に運びこまれている。

運転手は鼻血が出ていたけれども、大けがではないみたいだった。

ストレッチャーで運ばれているとき、運転手が警察官に向かって大声で言っていた。

「ボールが飛び出してきたんだ。でっかいやつだ。ずっと前に、駅の通りを転がっていってニュースになっただろう。あれがおれのトラックの前に出てきたんだ」

ぼくはそれを聞いて、ハッとした。

あの大仏さまみたいなボールが、またあらわれたのだ。

「どういうことだ? ボールって…どこから来たんだ?」

ランディが言った。今の総理大臣が誰だか知らないランディが、ニュースなんか見るわけないもんな。

「おい、アイダ先生が来てるぜ」

ランディは小声で言った。交差点の向こうに、アイダ・クレストがいた。大人たちのかげにかくれていたので、向こうからぼくらの姿は見えてないはずだ。

「先生も事故を見に来たのかな?それとも、ぼくらが来てないか確認にきたのかな?」

ぼくが言うと、ランディは少しニンマリして言った。

「あのなぁ、にぶいなぁ、おまえ。ルイス・ハメットが事故にあってないか心配だからに決まってんじゃん」

ランディは言った。さすがランディ。こういうことには、めっちゃスルドイ。

ぼくらは身をかがめ、アイダ・クレストに見つからないように、こっそりと交差点をはなれたのだった。

つづく

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